
2011年03月15日
九死に一生
東京の友人。
先日も仕事で来沖してくれた。
最初は「東京大丈夫?」ぐらいの気持ち。
地震当日、翌日とも携帯は繋がらない。
募る不安。
やっと今日朝ようやく連絡あり、
「とりあえず大丈夫です。 仙台市内に移動しました。 これからバスで山形に向かい、新潟、東京を目指します。」
とのメール。
被災していた。
虫の知らせか。
全国飛び回って仕事をしてるのは知っていた。
まさかと思っていたが、そのまさかであった。
2時間ほど前メールがあり、
「東京に帰ってきた
なかなか連絡出来なくてスマン。
出張で仙台港に行ってたら地震、津波の被害に遭った。会社の車と俺の車も流されて、
そのままビジネスホテルで避難生活。学校などの避難所より快適だったよ、ライフライン当然ダメだったけど。
周りの環境と情報などで今日脱出してきた」
その後、すぐさま電話。
夜勤の仕事。
地震前に起床し、社長に連絡しようとするが、携帯が繋がらない。
おかしいなぁと思っているところに、地震発生。
すぐさまホテルを出て、駐車場の自分の車で待機。
車内テレビで仙台空港が津波で覆われるのを見たと言う。
そうこうしてるうち、近くの倉庫で働いてる人が走って逃げてくる。
「津波だー!」
疑いながらも社外に出てみると、遠くの波が押し寄せて来るのを目視。
そのすきにも、4t車 コンテナが見る見る流れてくる。
慌てて、居合わせた同僚3人で8階立てのホテルに駆け込んだ。
非難しながら、自分の車(新車)が流されるのを確認したらしい。
それから3日。
ガソリンが不足でレンタカーも借りれない。
東北道も規制され帰れない。
山形~新潟~東京。
やっと帰宅出来た。
彼の場合、ホテルだったので毛布類も有り、寒さは防げた。
帰る前、近所の避難所を覗いたら、足の踏み場無く、飲み物も食べ物も
不足している現状だそうだ。
実際テレビでは放送されない裏の事も多数有るそうだ。
今、俺が出来る事。
色々なとこで色々な人が考え、思い、悩み、祈り、
何が正解かわかりませんが、
店を閉めていても何も出来ない。
だったら、きっちり仕事をし少しでも募金してもらえばいいんじゃないか。
この震災から離れるわけではない。
決して目を逸らさず脳裏に焼き付けていこう。
それが俺の役目だと思う。



先日も仕事で来沖してくれた。
最初は「東京大丈夫?」ぐらいの気持ち。
地震当日、翌日とも携帯は繋がらない。
募る不安。
やっと今日朝ようやく連絡あり、
「とりあえず大丈夫です。 仙台市内に移動しました。 これからバスで山形に向かい、新潟、東京を目指します。」
とのメール。
被災していた。
虫の知らせか。
全国飛び回って仕事をしてるのは知っていた。
まさかと思っていたが、そのまさかであった。
2時間ほど前メールがあり、
「東京に帰ってきた
なかなか連絡出来なくてスマン。
出張で仙台港に行ってたら地震、津波の被害に遭った。会社の車と俺の車も流されて、
そのままビジネスホテルで避難生活。学校などの避難所より快適だったよ、ライフライン当然ダメだったけど。
周りの環境と情報などで今日脱出してきた」
その後、すぐさま電話。
夜勤の仕事。
地震前に起床し、社長に連絡しようとするが、携帯が繋がらない。
おかしいなぁと思っているところに、地震発生。
すぐさまホテルを出て、駐車場の自分の車で待機。
車内テレビで仙台空港が津波で覆われるのを見たと言う。
そうこうしてるうち、近くの倉庫で働いてる人が走って逃げてくる。
「津波だー!」
疑いながらも社外に出てみると、遠くの波が押し寄せて来るのを目視。
そのすきにも、4t車 コンテナが見る見る流れてくる。
慌てて、居合わせた同僚3人で8階立てのホテルに駆け込んだ。
非難しながら、自分の車(新車)が流されるのを確認したらしい。
それから3日。
ガソリンが不足でレンタカーも借りれない。
東北道も規制され帰れない。
山形~新潟~東京。
やっと帰宅出来た。
彼の場合、ホテルだったので毛布類も有り、寒さは防げた。
帰る前、近所の避難所を覗いたら、足の踏み場無く、飲み物も食べ物も
不足している現状だそうだ。
実際テレビでは放送されない裏の事も多数有るそうだ。
今、俺が出来る事。
色々なとこで色々な人が考え、思い、悩み、祈り、
何が正解かわかりませんが、
店を閉めていても何も出来ない。
だったら、きっちり仕事をし少しでも募金してもらえばいいんじゃないか。
この震災から離れるわけではない。
決して目を逸らさず脳裏に焼き付けていこう。
それが俺の役目だと思う。
Posted by WALNUT at 01:58│Comments(0)