
2012年03月10日
添付 「67年前、3月10日」
お世話になってる「KEEP LEFT」さんのblogより。
忘れてはいけない日。

「ここは満員だよ。よそへ行け!」
襲来した約300のB29型爆撃機が落とす焼夷弾で、東京、下町が火の海と化した1945年3月10日未明。
13歳の中学生だった羽部権四郎は、鉄工所を営む父に手を引かれ、
自宅の裏手にある本所区(現、墨田区)の本所国民学校に駆け込んだ。
だが、校門前の殺気立つ怒号に追い返されて、八方炎に囲まれる中を再び逃げ回ることになる。
猛火を背に、大横川にかかる江東橋へ。そこも何百もの人でごった返していた。
疲れ果てて、橋の上に座り込んだ。しかし「どうも、ここでは不安だ」と直感した父は、
権四郎を連れて、近くの都立三中(現在の都立両国高)に逃げ込む。
校舎に入ると、人であふれる職員室の床にようやくうずくまることができた。
B29の爆音が途切れなく続いていた。「こんなところで死ぬのは嫌だよ」。
おびえて叫んだ。それを聞いた父は息子の手を引いて校庭へと飛び出し、
土の上に伏せた。猛烈な熱風に襲われ、わずかに顔を上げると、さっきまでいた校舎が火を噴いていた。
一睡もできずに迎えた朝。白や黒の煙が入り交じり、
すりガラスを通したような薄ぼんやりした太陽が昇っていた。
「家に戻るぞ」。父がいたわるように言った。
江東橋には泥人形のようになった焼死体が山のように重なっていた。
大横川の川面には、丸太にしがみついた死体や、手で虚空をつかもうとする死体が、
折り重なって浮かんでいた。
炎に包まれた国民学校で、多くの友人が死んだことをあとで知った。
父の判断で九死に一生を得たが、それは幸運にすぎなかった。
あの戦争を伝えたい 岩波書店
「東京大空襲」より抜粋
忘れてはいけない日。

「ここは満員だよ。よそへ行け!」
襲来した約300のB29型爆撃機が落とす焼夷弾で、東京、下町が火の海と化した1945年3月10日未明。
13歳の中学生だった羽部権四郎は、鉄工所を営む父に手を引かれ、
自宅の裏手にある本所区(現、墨田区)の本所国民学校に駆け込んだ。
だが、校門前の殺気立つ怒号に追い返されて、八方炎に囲まれる中を再び逃げ回ることになる。
猛火を背に、大横川にかかる江東橋へ。そこも何百もの人でごった返していた。
疲れ果てて、橋の上に座り込んだ。しかし「どうも、ここでは不安だ」と直感した父は、
権四郎を連れて、近くの都立三中(現在の都立両国高)に逃げ込む。
校舎に入ると、人であふれる職員室の床にようやくうずくまることができた。
B29の爆音が途切れなく続いていた。「こんなところで死ぬのは嫌だよ」。
おびえて叫んだ。それを聞いた父は息子の手を引いて校庭へと飛び出し、
土の上に伏せた。猛烈な熱風に襲われ、わずかに顔を上げると、さっきまでいた校舎が火を噴いていた。
一睡もできずに迎えた朝。白や黒の煙が入り交じり、
すりガラスを通したような薄ぼんやりした太陽が昇っていた。
「家に戻るぞ」。父がいたわるように言った。
江東橋には泥人形のようになった焼死体が山のように重なっていた。
大横川の川面には、丸太にしがみついた死体や、手で虚空をつかもうとする死体が、
折り重なって浮かんでいた。
炎に包まれた国民学校で、多くの友人が死んだことをあとで知った。
父の判断で九死に一生を得たが、それは幸運にすぎなかった。
あの戦争を伝えたい 岩波書店
「東京大空襲」より抜粋
Posted by WALNUT at 22:02│Comments(0)
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